ボリュームたっぷりのパスタがいただける「spoleto」ボゴタ市.

二朗の「ちょっとそこまで海外へ」の旅の報告第3弾!

ボゴタ到着の翌日はたっぷりの時差ぼけと2600メートルの高地であることから、なんとなく体が浮いているような感じを受けながら朝から早速行動開始です。
コロンビアの治安は一時に比べてとてもよくなったとのことですが、それでも街中を一人で歩くことは地元の人から反対されます。
ですから近い場所への移動も車を使うのです。

ランチは、今日の仕事の会場の隣のショッピングモールにお伺いし、2階にあるパスタ店にお伺いしました。
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窓からは市内を見渡せます。
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「SPAGETII GRAN CONTE DI SPOLETO」をいただきます。
トマトソースに海産物がたくさん!
ボリュームもたっぷりです。
ちょっと味は薄めのような。
麺はちょっと細いうどんを硬くしたような感じです。
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もれなくチーズホンデュと
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パンが付いてきます。
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ピリ辛マーガリンです。
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これはサッちゃんがいただいた「LOMBO PORTOBELLO」です。
小牛の肉ときのこがたっぷりです。
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(所在地)
Calle 94 # 21 - 55, Bogotá, コロンビア ‎

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(電話番号)
+57 1 6224760
HP)


ショッピングモールの食品コーナーをうろうろしました。
興味をそそる野菜がたくさん。
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アボガドです。
真ん中の小さなのが普通のアボガドです。
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魚の並べ方も特徴があります。
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コロンビアってどんな国?
ボゴタってどこ?
って方のためにまずは基本情報をお伝えします!

まずはコロンビアの場所です。

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続いて基本情報を!
【面積】
1,139,000平方キロメートル(日本の約3倍)
【人口】
47.7百万人(2012年世銀)
【首都】
ボゴタ
【民族】
混血75%、ヨーロッパ系20%、アフリカ系4%、先住民1%
【言語】
スペイン語
【宗教】
カトリック
【略史】
1810年 独立宣言
1819年 グラン・コロンビア共和国成立
1886年 憲法制定、コロンビア共和国成立
1903年 パナマ分離独立
1948年 自由党有力政治家ガイタン暗殺。
        ボゴタソ(ボゴタ騒動)発生。
        以後の約10年間は「ラ・ビオレンシア(暴力)」の時代と呼ばれる。
1953年 ロハス軍事政権発足(~1957年)
1958年 自由・保守両党の国民戦線協定成立(~1974年)
1991年 新憲法制定(1886年憲法を全面改訂)
2002年 ウリベ大統領(自由党系右派)就任(2006年再任)
2010年 サントス大統領(国民統一党(U党))就任
【政体】
立憲共和
【元首】
フアン・マヌエル・サントス・カルデロン大統領(H.E. Mr. Juan Manuel SANTOS CALDERÓN)(任期4年)
【議会】
二院制:上院102、下院166議席(任期4年)
【政府】
外相名 マリア・アンヘラ・オルギン・クエジャル外相(H.E. Ms. María Ángela HOLGUÍN CUÉLLAR)
【内政】
コロンビアにおいては、1958年に軍事政権が倒れ、以後、基本的に二大政党(保守党・自由党)による政治体制が継続してきた。
他方、コロンビアには、コロンビア革命軍(FARC、約8,000人)及び国民解放軍(ELN、約1,800人)等の非合法武装勢力が存在し、40年以上に亘り、政治目的のテロや資金調達のための誘拐等を行っている。
その活動資金は麻薬取引等を通して調達されており、治安に対する脅威が依然として存在している。
このため、かかる非合法武装勢力の解体と右の平和的な社会復帰が歴代政権の主要懸案事項である。
2002年に発足したウリベ政権は、治安対策を強化しつつ和平交渉の道を模索し、一定の成果をあげたこともあり、就任以来7割に及ぶ高支持率を維持。
右を背景に大統領の再選を可能とする憲法改正が実現し、同憲法に基づき行われた2006年大統領選挙で再選された。
2期に渡るウリベ政権においては、国軍及び警察官の増強等治安対策に重点的に取り組みつつ、開放経済政策をとり、治安の改善と安定した経済成長を実現した。
2010年に就任したサントス大統領は、基本的に治安対策、開放経済政策は継続しつつ、国民統一の旗印の下、主要政党と連立を組み、国民的合意に基づく政策の実現に向けた政権運営を進めている。
2011年5月に、コロンビアの歴史的かつ構造的な問題である国内の武力紛争の犠牲者に対する補償を定める犠牲者補償・土地返還法を成立させる一方、2012年8月、サントス大統領は左翼ゲリラ勢力FARCと和平交渉を開始する予定である旨発言し、同年10月には政府及びFARC代表者の共同記者会見で、11月15日からキューバで本格的な和平交渉が開始される旨発表し、以降和平交渉の協議が続けられている。
【外交基本方針】
歴代政権は、米国との協調を優先しつつ、近隣アンデス諸国、メルコスール諸国及びEU諸国との友好関係を維持、さらに日本を始めとするアジア・太平洋諸国との交流強化を外交政策の基本方針としている。
サントス政権は、ウリベ前政権時代に悪化していたベネズエラ及びエクアドルとの関係を改善し、さらに、ホンジュラスのOAS復帰の仲介を通じてベネズエラとの協力を強化するなどの成果を上げている。
特に近年、メキシコ、チリ、ペルーと共に、加盟国間の経済統合とアジア太平洋地域との政治経済関係強化を目標に太平洋同盟を形成するなど、アジア諸国との関係強化を打ち出している。
【軍事力】
(1)予算 62億ドル(2010年)
(2)兵役 18~28歳までの男子:12~24か月間(義務制)
(3)兵力 283,004人(陸軍235,798人、海軍33,138人、空軍13,758人)
【主要産業】
農業(コーヒー、バナナ、さとうきび、じゃがいも、米、熱帯果実等)、鉱業(石油、石炭、金、エメラルド等)
【GNI】
3,348億ドル(2012年世銀)
【一人当たりGNI】
7,020ドル(2012年世銀)
【経済成長率】
4.9%(2013年コロンビア中央銀行)
【物価上昇率】
1.9%(2013年コロンビア国家統計庁)
【失業率】
9.6%(2013年コロンビア国家統計庁)
【総貿易額】
(1)輸出 588.22億ドル
(2)輸入 593.81億ドル
(2013年コロンビア国家統計庁)
【主要貿易品目】
(1)輸出 石油、コーヒー、石炭、フェロニッケル、バナナ、エメラルド、切り花
(2)輸入 化学品、自動車・同部品、機械、通信機器、食品
【主要貿易相手国】
(1)輸出 米国、EU、ベネズエラ、エクアドル、ペルー、メキシコ
(2)輸入 米国、中国、メキシコ、ブラジル、ドイツ、日本
【通貨】
ペソ
【経済概況】
コロンビアは、1980年代の中南米債務危機にも唯一債務繰延を実行せず、一貫してプラス成長を記録し、堅実な経済運営と良好なパフォーマンスを誇ってきた。
1999年には1932年以来のマイナス成長を記録したが、2000年以降は持ち直し、継続的に成長を続けている。
主要輸出品目は、コーヒー(生産規模世界第4位)切り花(カーネーション及びバラの生産規模は世界最大)等である。また、天然資源にも恵まれており、石油、石炭(南米最大の埋蔵量:約79億トン)、フェロニッケル、金、エメラルド(産出規模世界最大)等が採掘されている。
貿易政策面では、2006年11月に署名されたコロンビア-米FTAは2012年5月に発効した。
コロンビアは、アンデス共同体(CAN)の加盟国、メルコスールの準加盟国である。
また、カナダ、EFTA(リヒテンシュタイン、スイス。(注)アイスランド、ノルウェーは批准待ち)、メキシコ、チリ、グアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、カナダ、米国との間で自由貿易協定(FTA)が発効しているほか、EUとは暫定発効している。
なお、投資協定(BIT)は、ペルー、スペイン、スイスと発効済み、日本、中国、インド、韓国及び英国とは署名済みであり、クウェートと交渉中である
【日本の援助実績(2012年度まで累計)】
(1)有償資金協力(E/Nベース) 673.16億円
(2)無償資金協力(E/Nベース) 119.32億円
(3)技術協力実績(JICA実績ベース) 299.69億円
【主要援助国(2011年)】
(1)米国 (2)フランス (3)スペイン
【二国政治関係】
1908年5月25日 外交関係樹立
1954年5月28日 外交関係再開
【対日貿易】
貿易額(2013年)及び主要品目
対日輸出 388億円 コーヒー、切り花等
対日輸入 1,479億円 鉄鋼、自動車、ゴム製品等
【在留邦人数】
在留邦人:1,280人(2013年3月現在)、日系人:約1,800人(推計)
【在日当該国(外国人登録)人数】
2,324人(2013年7月現在)

※外務省HPより


続いてボゴタの場所!

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首都ボゴタの基本情報です。

ボゴタはコロンビアの首都で、人口約770万人の都市である。
2010年の都市的地域の人口は784万人であり、世界第34位である。
アンデス山脈の盆地、標高2640メートルに位置している。
1991年に名称がサンタ・フェ・デ・ボゴタ(Santa Fe de Bogotá)に変わったが、2000年に再び現在の名称になった。
2014年、アメリカのシンクタンクが公表したビジネス・人材・文化・政治などを対象とした総合的な世界都市ランキングにおいて、世界第52位の都市と評価された。
南米大陸ではブエノスアイレス、サンパウロに次ぐ第3位である。
【地理】
東をアンデス山脈の東コルディレラ山地に阻まれ、西にボゴタ川が流れる山間部を南北に都市が発達した。
サバナと呼ばれる亜熱帯高地に位置し、日中の最高気温は年間を通じ19度C前後、最低気温は6~8度Cである。
降雨は4・5月と9~11月にやや多く80~110mm、他の期間は40~60mmである。
【気候】
ボゴタは温帯夏雨気候(cwb)に属する。
標高が高いため気候は高山気候性を示し、赤道に近いにもかかわらず年間通じて穏やかな気候である。
気温は年間通じてほとんど差がないものの、内陸部にあるため一日の気温の差が非常に大きい。
降水量はそこまで多いほうではないが、降水日数が多い。
【歴史】
1538年にゴンサロ・ヒメネス・デ・ケサーダによって先住民族チブチャ族の地に創設された。
当初はサンタ・フェ、もしくはサンタ・フェ・デ・ボゴタと称された。
ボゴタの名は原住民ムイスカ族(英語版)系のバカダ族に由来する。
1549年にはアウディエンシアが置かれ地方の政治の中心となったものの、ボゴタが行政都市として重要性を持つようになるのは1717年にヌエバ・グラナダ副王領が創設され、ボゴタにその首府が置かれてからである。
1810年7月20日には副王が追放され、クリオーリョによる政権が誕生した。
この後、内戦やスペインによる再征服をへて、1819年8月7日に市北部のボヤカにおいてシモン・ボリバル率いる革命軍がスペイン軍を破り、サンタフェ(ボゴタ)へ入城。
これによってボゴタは解放され、南米北部はグラン・コロンビア共和国として独立を果たした。
市名をボゴタへと改称したこの街は中央集権的な政権を望むボリバルによってグラン・コロンビアの首都が置かれるが、同国はベネズエラ、クンディナマルカ(コロンビア)、エクアドルの3州が対立して1830年に崩壊。ボゴタはコロンビアのみの都となった。
その後は行政都市として発展していったが、コロンビアは地形的な要因で地方の力が強く、また保守派と自由派の対立も頻繁でしばしば内戦が起こり、ボゴタの中央政権の力は弱く、そのため発展はゆっくりとしたものとなった。
それでも1920年代に入ると工業が興り、次第に大都市として発展していった。しかし保守自由両派の対立は収まらず、1948年にはボゴタ市長もつとめた自由党党首ホルヘ・エリエセル・ガイタンが暗殺されたのをきっかけに「ボゴタソ」と呼ばれるボゴタ大暴動が勃発。1500人から3000人が死亡し、さらにこの混乱は地方にも波及し、「ラ・ビオレンシア」と呼ばれる内戦状態へと突入した。
この混乱は1953年に軍事クーデターによってグスタボ・ロハス・ピニージャ将軍が政権を握ることで終息した。1958年には保守党と自由党が交互に政権を握る国民協定が成立したが、これは選挙を無意味なものとし、政治からはじき出された左派勢力は反政府勢力としてゲリラ戦を展開。
テロや誘拐が多発するようになり、ボゴタの治安は急激に悪化した。
さらにこの混乱によって1980年代より麻薬カルテルが急速に力をつけ、ボゴタでもテロを起こし政府と戦闘を行った。
いっぽう、地方でもこうした混乱は起きており、こうした混乱を避けてボゴタなどの大都市圏へと流入する国内難民が急増し、さらにボゴタの経済成長による国内外からの移住民も増え、ボゴタの人口は急速に増大した。
1991年にはサンタ・フェ・デ・ボゴタに改称されたものの、2000年には再びボゴタへと改称されている。
【犯罪】
1990年代に世界で最も犯罪の多い都市であったが、その撲滅を目指しており、1993年に人口10万人当り年間81人の殺人事件があったが、2007年には19人にまで減っている。
【産業】
独立後1920年代前半まで目立った産業はなかったが、1920~30年代に至って外国資本の流入によりコーヒーの増産、鉱工業、製造業などが発達し、農村部からの移住が増加した。
2003年から06年のGDPの伸びは毎年10%を超えた。一方、非雇用率も11%に達している。

※「ウィキペディア」より



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2014/11/11 06:00 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)

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