「冬の熊野古道散策(熊瀬川王子→熊野本宮大社)その3」田辺市

冬の熊野古道散策の報告の続きです。
15:15「水呑王子」に到着です。
中世には、大門王子(田辺市中辺路町高原)付近に「水飲」があったので、それと区別するために「内水飲」と呼ばれてました。
おそらくは「発心門の内の水飲」という意味だと思われます。
近世以降は「水呑」と呼ばれるようになりました。
平安時代末期の藤原宗忠の参詣記『中右記』には「次に内水呑王子に参り奉幣、新王子」とあり、鎌倉時代初期の『修明門院熊野御幸記』には「次に内水呑王子において御小養を儲け、次いで同王子に参御」とあります。
しかしながら熊野詣が廃れると、この王子も廃れ、江戸時代には廃絶し、跡地のみとなり、王子跡を後世に伝えるために1723年(享保8年)に紀州藩主徳川宗直が緑泥片岩の碑を寄進しました。
後に小学校の分校が建てられ、碑は少なくとも2度は移転されています。分校は昭和48年7月に廃校になりました。
碑のある背後の山から道路付近一帯が水呑王子の旧社地であったといわれています。

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ここからしばらく、整備された古道を歩きます。
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途中南天の実がなっていました。
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バスの時刻表がありました。
1週間に1便のようです。
これでも走らないよりはいいんでしょうね。
お年寄りの大事な足だと想像できます。
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15:34「菊水井戸」です。
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目前に「果無山脈」が広がっています。
特徴ある山ですね。
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15:42「伏拝王子」に到着です。
ここから本宮大社が見えるってことなんですが、よくわかりませんでした。
ここは中辺路を歩いてきた人が初めて熊野本宮の森(旧社地)を遠望できた場所で、ここから本宮の森を伏し拝んだといわれます。
伏拝王子には石祠と和泉式部供養塔と伝わる卒塔婆があります。もともとはそれぞれに別の場所にあったものですが、昭和48年(1973年)に現在地に移され、並べられて置かれました。
伏拝王子にまつわる伝説として、平安中期の女流歌人、和泉式部(いずみしきぶ。977頃~没年不明。中古三十六歌仙の一人)が登場する次のようなお話があります。
和泉式部が熊野詣をして、伏拝の付近まで来たとき、にわかに月の障りとなった。これでは本宮参拝もできないと諦め、彼方に見える熊野本宮の森を伏し拝んで、歌を1首、詠んだ。
 晴れやらぬ身のうき雲のたなびきて月のさわりとなるぞかなしき
すると、その夜、式部の夢に熊野権現が現われて、
 もろともに塵にまじはる神なれば月のさわりもなにかくるしき
そう返歌したので、和泉式部はそのまま参詣することができたという。
歌の功徳によって神仏からご利益を受ける歌徳説話の一種です。
南北朝から室町時代にかけて、熊野信仰を全国に広めていったのは、神道でも修験道でもなく、一遍上人を開祖とする時衆(じしゅう)という仏教の一派の念仏聖たちでした。
この和泉式部の伝説は、時衆の念仏聖たちが熊野の神は他の神様とはちょっと違うのだということをアピールするために作った物語のひとつなのだと思われます。
何が違うのかというと、熊野の神は、ハンセン病の患者であろうと、生理中の女性であろうと、およそ「浄不浄をきらはず」、受け入れるということです。いまの女性にとっては納得いかないことかもしれませんが、かつては女性の生理は不浄なものでした。
生理中の女性でも受け入れる。そのことを宣伝するために和泉式部をかつぎだして、時衆の念仏聖たちがこのようなお話を作り出したのでしょう。

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「伏拝王子石祠」です。
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「和泉式部供養塔」です。
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その後は、歩きやすい道が続きます。
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15:56「三軒茶屋跡」に着きました。
昔の建物を再現したトイレがありました。
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ここからまだ登り下りがあります。
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16:28最後の王子「祓殿王子」に到着です。
汚れを祓い清めって意味なんですね。
ここから本宮大社の旧社地まではわずかな距離しかなく、本宮参拝の直前に身を清める潔斎所としての性格を帯びていたと見られます。
江戸時代の神社誌『南紀神社録』には王子社と天神社が現在地にあったと伝えており、さらに『官幣大社熊野坐神社年表』には、1907年(明治40年)に摂社産土田神社を末社祓戸天神社に移したとあり、社の性格は定まりません。
旧くは樹叢そのものが潔斎所としての性格を帯びていたものが、王子社に転じたものと考えられます。
木立の左側には、明治初期まで医王寺という寺院があった。『愚記』10月16日条に、発心門を発った後鳥羽院一行の到着を待つ間に休息をとった地蔵堂の跡地です。
現在では、道の傍らにある石仏がわずかにその痕跡を伝えています。

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16:30無事「熊野本宮大社」に到着しました。
こちらは裏参道です。
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八咫烏のポストがありました。
真っ黒でちょっと不気味ですね。
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道中の無事を感謝し、きちんとお参りしました。
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今回歩いたコースです。
熊野古道地図1(1)
熊野古道地図2(1)

本日の歩行距離約17.0キロ
所要時間6時間56分(途中昼食・休憩含む)

冬の山は日が暮れるのが早くて、後半ペースアップせざるを得ませんでした。
最後ちょっとハードでしたね。
奥さん、お付き合いいただきありがとうございました。
また急かせて申し訳ありませんでした。
いろんなお話をじっくりすることができました。
心身ともにストレス発散できました。


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2013/02/10 14:44 | COMMENT(2)TRACKBACK(0)

「冬の熊野古道散策(熊瀬川王子→熊野本宮大社)その2」田辺市

報告は続きます。
その後平坦な山道が続きます。
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13:26三越峠に到着です。
ここが西牟婁郡と東牟婁郡の境界なんですね。
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この峠は古くから口熊野と奥熊野の境界とされ、近代においても西牟婁郡中辺路町(田辺市と合併)と東牟婁郡本宮町(同)との境界であると同時に、言語アクセントの境界でもあります。
中世には関所が設けられ、往来を統制し、関銭を徴収していたほか、江戸時代の参詣記には茶店が設けられている様が描かれ、大正時代まで続いたと伝えられています。
しかし、明治以降、険難な岩神峠・三越峠を避けるように主要交通路が付け替えられたことから寂れました。
今日、中世のルートが通行可能なのは、中辺路が歴史の道に指定されたことに伴って、文化庁の補助金により再整備されたことによるものだそうです


間もなく現れた、台風12号災害の爪痕です。
山が大きく口を開けています。
自然の猛威に改めてびっくりです。
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ならだかな川沿いの林道をしばらく歩くと、
14:19「船玉神社」に到着です。
「なぜこんなところに船の神様が?」と思うような場所にありますが、舟玉神社の由来は次のようなものです。

 昔、玉滝という滝があって、その滝つぼで神様が行水をしていると、急に大雨となった。折しも滝つぼに浮かんでいた一匹の蜘蛛がその大雨に溺死しそうになったそうです。
それを神様が見て、榊(サカキ)の葉を投げてやったそうです(カシの葉であったという話も)。
蜘蛛はその葉に乗って、手足を使って船を漕ぐようにして無事に岸にたどり着きました。
 その様子を神様が見て、船というものを思い付き、楠をくりぬいて丸木船を造ったそうです。
これが最初の船だったようです。
 船玉神社は本宮大社の奥の院にあたるとも伝えられています。
 なお、玉滝は明治22年の大水害で埋まってしまい、現在はありません。
 舟玉神社から音無川河口にあった本宮へ、月に1回、「みよろのほし」という何か魂のようなものが、音無川を上下して通ったといわれています。
 そのため、音無川の流域は常に清浄にしておかなければならず、船玉神社に最も近い発心門(ほっしんぼ)という集落では、音無川や船玉神社の方角に向かって小便することは戒められたそうです。
 また、隣には玉姫稲荷がまつられ、舟玉と夫婦神ともいわれているそうですが、玉姫稲荷は月に1回、玉置山(たまきさん。奈良県十津川村。「熊野三山の奥の宮」ともいわれる玉置神社がある)に通うということです。

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14:29「猪鼻王子」に到着です。
平安時代末期の藤原宗忠の参詣記『中右記』には「三輿の多介(※みこしのたけ:三越峠※)を越え、次いで谷を下り、谷川を渡ること数度、亥の鼻(※いのはな:猪鼻※)を過ぎ、ついで発心門に入る」とあり、鎌倉時代初期の『修明門院御幸記』には「湯川王子に参御し、次いで猪鼻王子、次いで発心門王子において御禊あり」とあります。
 しかしながら熊野詣が廃れると、この王子も廃れ、江戸時代には廃絶し、跡地のみとなっていました。
 現在、猪鼻王子の周囲は桧の人工林。数十m上を林道が通ります。王子跡を後世に伝えるために1723年(享保8年)に紀州藩主徳川宗直が寄進した緑泥片岩の碑だけが往時を偲ばせます。

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こんな山道を登って行くと
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14:46「発心門王子」に到着しました。
ここまでは車で来ることが来ます。
「発心門」は「悟りの心を開く入口」という意味だそうです。
 中世、この発心門王子の近くに「発心門」と呼ばれた大鳥居がありました。
 この大鳥居「発心門」が本宮の聖域の入り口であり、参詣者はこの大鳥居の前で祓いをして、その後、鳥居をくぐり、発心門王子に参りました。
 藤原定家(1162 ~1241)の『後鳥羽院熊野御幸記』によると、発心門の近くには南無房という尼の宅があり、定家はここを宿所としました。
当時、熊野詣の道中、社寺に歌や詩を書き付けることが流行っていたそうで、定家はこの南無房宅の巽(南東)角の門柱に、
 慧日光前懺罪根   慧日光前罪根を懺す
 大悲道上発心門   大悲の道上発心の門
 南山月下結縁力   南山月下結縁の力
 西刹雲中弔旅魂   西刹の雲中旅魂を弔す
 いりがたきみのりのかどはけふすぎぬ いまより六(む)つの道にかへすな
 と、発心門を詠んだ詩と歌を書き付けました(定家がこの熊野詣の道中で社寺に歌や詩を書き付けたのはここが初めて)。
 その後、発心門王子に参詣し、その社の後ろにある南無房のお堂のなかにも一首書き付け、南無房の尼がじつは歌や詩を書き付けられることを嫌っていたことをあとで知りました。
 中世、熊野詣の参詣者は出発に際し、先達(せんだつ。熊野詣の案内人。修験者が務めました)から1本の杖を与えられました。この杖をついて、道者は熊野への道を歩きました。
 そして、この本宮の聖域の入り口・発心門をくぐり、発心門王子に着くと、道者はこれまで使ってきた杖を発心門王子に献納しました。
 本宮にたどり着く前に杖を献納してしまうのです。
 不思議なしきたりです。本宮まであと少しというところまで来て杖を献納してしまうなんて。
 ここから本宮までは杖なしで行けということかというと、そうではありません。
 杖の献納、奉幣などを終えると、献納された杖に代わり、先達から新たに「金剛杖」が渡されます。
 新しい金剛杖をついて道者は、本宮まで行き、熊野三山を巡り、下向していきました。
 古い杖はどうやら先達らの手によって音無川に流されたらしいです。杖を流して死後の安楽を祈る風習があったらしく、先達らによって菩提を弔われたようです。
 中世、熊野は浄土の地とみなされ、熊野詣は「葬送の作法」をもって行われました。熊野詣は死門への旅だったのです。
 新たに手渡された金剛杖。
 金剛杖は四角に削られていて、その四つの面は「発心門・修行門・菩提門・涅槃門」という4つの門を表わしているそうです。
 古くから葬送に関わっていた修験者。
 修験者の葬送作法によると、亡者は、発心門・修行門・菩提門・涅槃門の四門をくぐることで成仏を果たすと考えられているそうです。
 発心門王子で、今まで使っていた杖を献納し、発心門・修行門・菩提門・涅槃門の四門が表わされた金剛杖を渡されるということは、これから道者は発心門・修行門・菩提門・涅槃門の四門をくぐり、成仏を遂げるのだということを表わしているのでしょう。

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ここからはアスファルトの道を下って行きます。
するとこんなお二人が出迎えてくれました。
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ナントも個性的な顔をされています。
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大事な言葉ですね。
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もうしばらく歩くと、公衆電話の隣に座っておられます。
はじめよく見えなかったので、人形とは思いませんでした。
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無人の地産販売所も趣があります。
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手の込んだフクロウです。
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今日の報告はここまで。
続きは後日ということで、お楽しみに!


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2013/02/08 22:26 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)

「冬の熊野古道散策(熊瀬川王子→熊野本宮大社)その1」田辺市

和歌山在住の間に熊野古道を完歩したいという夢を持っていた二朗は、12月のとある週末、前回同様、パワーさんご夫妻とともに、冬の熊野古道散策に出かけました。
今回もパワーさんにアッシー君をお願いして、奥さんと二人で歩きます。
今日のコースは前回の続きで、「熊瀬川王子→熊野本宮大社」です。
10:34こちらがスタート地点の「熊瀬川王子跡」です。
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地名としての熊瀬川は、『承元参詣記』5月1日条で、熊瀬川で昼食を取ったという記述に見られ、『寛喜参詣記』11月5日条には、近露を発ち、やはり熊瀬川で昼食をとったと述べられています。
しかし、「熊背川王子」の名が見出される史料はわずかに『熊野縁起』1篇に過ぎず、王子間の平均的な距離は2キロメートルから3キロメートルほどありますが、小広王子からの距離はせいぜい1キロメートルほどしかなく、設立年代も含めて疑問が残ります。
熊瀬川とはもともと、小広峠一帯を源流域とする谷川ですが、同時に草鞋峠の登り口一帯を指す地名であって、その旨が元文4年(1739年)の『熊野めぐり』に明言されています。
また、『続風土記』では「小名熊瀬河は小広峠にあり」としています。
これらから、小広王子と熊瀬川王子は同一の王子の可能性もあります。


寒いからかエプロンがやたら大きいです。
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すぐに山道がはじまります。
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10:46「一里塚」が現れました。
和歌山から112キロ地点です。
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10:54「草鞋峠」を越えると、
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一昨年の台風12号災害の影響がまだ残っていて、「岩神王子」方面には行けません。
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11:11仕方なく、う回路を歩きます。
地図だけ見ても遠回りして、なおかつ高低差があるような・・・
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沢にはきれいな水が流れています。
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迂回路の道中には、網で仕切られたところがあります。
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良く見ると山のあちこちに柵で仕切られたところが・・・
はたして何を守っているのでしょうか?
「シキミ」(二朗の実家の地域では「しきび」と言います)なのかなあ・・・?
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こんな山道をどんどん登って行きます。
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11:53結構登りました。
見晴らしがよくなります。
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12:32「蛇形地蔵」に到着です。
ここまでが迂回路なんですね。
多分を通常の道のほうが平坦だったと思います。
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かわいいお地蔵さんが、かわいい帽子をかぶっています。
こちらでランチタイムを取りました。
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この奥に「湯川一族の墓」があると書いてあるのですが、どこがお墓かわかりません。
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奥の石垣の当たりなんでしょうか・・・
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13:01「湯川王子」に到着です。
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『為房参詣記』は、三階(みこし、現在の三越峠)の手前に内湯川(うちゆかわ)なる地名を記しています。
王子の名の初見は、『中右記』10月25日条の「内湯参王子」、『愚記』10月15日条にある「王子湯河」で、このころに湯川王子の名が定着したと見られます。
参詣の途上、宿泊や休憩をすることが多く、皇族・貴紳の宿所が設けられました。
湯川一帯は、戦国時代に御坊平野を中心に紀南に威勢を誇った湯川氏の発祥の地とする伝承があり、応永34年(1427年)に足利義満の側室・北野殿が参詣した際には、奥湯川氏を名乗る豪族の一党が兵を従えて接遇を行っています。
江戸時代には、本宮の湯川(下湯川村)と区別するために道湯川村(どうゆかわむら)と呼ばれ、王子は若一王子社として祀られました。
明治期には王子神社と呼ばれ、住人たちの氏神でありましたが、明治末年に社殿を残して金毘羅神社(近野神社)に合祀されました。
道湯川村はもともと山中の辺地の小集落で、明治に入っても和歌山県内唯一の義務教育免除地とされたほどであったそうです。
加えて、国道311号が三越峠の険路を避けて敷かれて交通路から取り残されたこともあって住人の退去が進み、1956年(昭和31年)には無住の地となって、社地も廃墟と化しました。
現社殿は、1983年(昭和58年)に再建されたものであり、以来、旧住人たちが祭祀を執り行っています。


「一族発祥の地」と書かれていますが、昔はこのあたりに多くの人が住んでいたんでしょうね。
結構な山の中なんですが・・・・
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皇太子もお越しになっておられました。
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今日の報告はここまで!
続きは後日をお楽しみに!


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2013/02/07 20:38 | COMMENT(2)TRACKBACK(0)

「熊野古道散策(牛馬童子→小室王子跡)その2」田辺市

熊野古道散策(牛馬童子→小室王子跡)の続きです。
「比曽原王子」に到着です。
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藤の花が咲いています。
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「野中伝馬所跡」を通り、
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「継桜王子」に到着です。
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王子の上には「継桜王子社」があります。
こぢんまりしたお社です。
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「継桜王子社」までの石段はこんなに急です。
石段の両脇には杉の樹齢800年の巨木が並んでいます。
南向きだけに枝を伸ばしていることから「野中の一方杉」と呼ばれており、県の天然記念物に指定されているそうです。
10本近くある杉のうち、最大のものは幹の周りがおよそ8mもあります。
みな同じように、南にある熊野那智大社を慕うように枝を伸ばしているので、一方杉と呼ばれているそうです。
この不思議な現象は、生物の生態を知る上でも貴重なものと言われています。
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老木の空洞はこんな感じ!
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こちらの茶屋もいい雰囲気を醸し出しています。
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ふと見上げると、もみじの緑 がとてもきれいです。
秋になった見事なんでしょうね!
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「秀衡桜」に到着です。
謂れのある木なんですね。
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次に現れたのはこんな方々!
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おしゃれですねえ、サングラスが似合っています。
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いい表情です。
疲れも癒されます。
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次はこんな方が!
手をあげておしっこをしています。
写真を撮っているとヤクルトレディが微笑みながら挨拶してくれました。
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「中川王子」に到着しました。
残念ながら写真は大失敗!
見苦しくてごめんなさい。
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山を見ると昨年9月の台風12号災害の爪痕らしき姿が見えます。
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「小広王子」に到着です。
石碑の上半分が欠けています。
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今回はここまで!
約9キロ、3時間のウォオーキングでした。
パワーさんの奥さんとじっくりゆっくりいろんな話をしているとあっという間に到着しました。
一度歩くと病みつきになります。
「次回はこの先を近いうちに歩きましょう!」と約束を交わし、楽しいひと時は終わったのでありました。

本日報告した道中はこちら。
比曽原王子→小広王子
※この地図はこちらのHPからお借りしました。


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2012/05/23 22:52 | COMMENT(0)TRACKBACK(1)

「熊野古道散策(牛馬童子→小室王子跡)その1」田辺市

和歌山に住まいを移してはやくも2年が過ぎてしまいました。
和歌山にいる間にやりたいことの一つが、熊野古道の完歩です。
しかしながら日頃あわただしさに負けて、これまで海南→紀伊宮原間を一度歩いたきりでした。
久しぶりに自由な一日を確保できた二朗は、パワーさんご夫妻とともに熊野古道散策に出かけました。
パワーさんにアッシー君をお願いし、奥さんと二人で歩きます。
今回のコースは「牛馬童子→小室王子」です。
こちらがスタート地点の「牛馬童子口バス停」です。
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「牛馬童子ふれあいパーキング」があります。
ちょっとした地産の売店もあったりして・・・
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いよいよスタートです。
国道脇からいきなり山道が始まります。
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この日は天気も最高!
木々の緑が映えます。
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まず現れたのが「一里塚跡」です。
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和歌山市から104キロ地点なんですね。
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「牛馬童子」に到着です。
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左が「牛馬童子」です。
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よく見ると頭と胴体の石が違います。
首のところでつなげられています。
昔首をはねられたようで、付け替えられたようです。
どうしてそんなことをするんでしょうか・・・・
罰が当たりますよね。
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集落が見えてきました。
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道のわきには春の草花がたくさん咲いています。
心が癒されますよね!
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北野橋を渡ると
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右手に「なかへち美術館」があります。
見学したいところですが、今日は歩きに徹します。
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「近露王子」に到着です。
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この界隈には趣のある宿が並んでいます。
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きれいな黄色のつつじです。
この色って珍しくないですか?
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「近露伝馬所跡」です。
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古道脇には無人の野菜販売所もあります。
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こんな色のアジサイも咲いていました。
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しばらく歩くと気になるこんな看板が・・・
「これって何?」という会話をしていると農作業をしていたおばさんが近寄って来られ、親切に説明してくださいます。
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遠くに見える山が乙女の寝顔に見えるのです。
確かに見えます。
おばさん曰く、霞がかっている今のような時と雲一つないときは表情が違って見えるそうです。
おばさん、温かいもてなしありがとうございました。
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山道を歩き続けます。
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今度は真っ赤なつつじが現れました。
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「お休み処」もいい感じです。
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しばらく歩くとこんな記念碑が・・・・
標高の高いこの地域は水で苦労したんですね。
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この辺りは「比曽原」といいます。
はたしてバスは一日何本くらい走っているんだろうと時刻表を覗いていると、軽トラのおじさんがわざわざ止まってくれて、「ここはバスは通ってないよ」と教えてくれます。
このあたりの人ってなんて親切なんでしょう!
人の温もりを感じました。
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「比曽原王子」に到着です。
本日報告した道中はこちら。
牛馬童子→比曽原王子
※この地図はこちらのHPからお借りしました。

続きは、後日・・・・


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2012/05/22 22:45 | COMMENT(2)TRACKBACK(1)

「八ヶ岳登山」長野県

今回の長野訪問の目的は八ヶ岳登山でした。
天候にも恵まれ、さわやかな秋の一日を楽しむことができました。
一緒に登るふっちゃんの体力も考え、今回は天狗山を目指します。
唐沢鉱泉に車を止め、歩き始めます。
最初の目的地「第一展望台」に到着しました。
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蓼科山や
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赤岳・横岳がこんな風に見えます。
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しばらく歩くと「第二展望台」に到着しました。
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「西天狗岳」が目の前に現れます。
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「西天狗岳」頂上に到着です。
多くの登山客が先着していました。
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頂上から見る「東天狗岳」頂上です。
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「西天狗岳」から見る赤岳・横岳です。
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雲海が広がっています。
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西天狗から東天狗に移動します。
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途中で広がる景色です。
きれいでしょ!
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「東天狗岳」の頂上が迫ってきました。
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頂上に到着です。
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東天狗から見る西天狗頂上です。
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雲が縦に繋がっています。
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東天狗の頂上を後にし、黒百合平目指して下山します。
ちょっと下りて頂上を振り返ると結構厳しい頂だったんですね。
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途中、「すり鉢池」が現れました。
池の向こうに見えるのが東天狗岳です。
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唐沢鉱泉に戻ってきました。
こちらが鉱泉の源泉です。
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茅野の町から見える八ヶ岳はとてもきれいです。
こんなきれいな景色があるから登山はやめられませんね!
とても爽快な気分にさせてくれた八ヶ岳登山でした。
ちなみに今回上った天狗岳は左端です。
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2011/10/18 22:29 | COMMENT(4)TRACKBACK(0)

「熊野古道1-3」有田市

熊野古道ハイキングの続きです。
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海南市と有田市の市境「拝ノ峠」を越え、後は下る一方です。
少し下ると「蕪坂」に着きました。
こちらの王子にはこんな碑が!
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有田市内が見えてきました。
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藤の花や
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ツツジが綺麗に咲いていました。
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「爪かき地蔵」に到着です。
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この建物の中に地蔵さんがいます。
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こんなものが祀られているようです。
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山を下りきりました。
こんな急坂を下りてきたんです。
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町には鯉のぼりが!
そういえば今日は子どもの日だったのでした。
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こんな町並みを歩きます。
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ゴールの「紀伊宮原駅」に到着しました。
無人駅かと思いましたが、駅員さんが一人いました。
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この日の走行距離は12.5㎞、走行時間は3時間半でした。
久しぶりの運動にとても気持ちよく汗をかいた二朗でした。
でも日頃何もしていないのに急に歩いたので、明後日あたり筋肉痛になりそうです。
海南→宮原

和歌山に住んでいながらはじめて熊野古道を歩きました。
せっかくですからもっともっと歩かなきゃいけないですよね。
ということで、このシリーズは続けるつもりで、「熊野古道1」にしました。
次回をご期待ください。


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2011/05/07 21:35 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)

「熊野古道1-2」海南市

熊野古道ハイキングの続きです。
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峠から下る古道は、細い山道が続きます。
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山を下りきると阿弥陀寺に着きました。
こちらは橘本王子でもあります。
「橘」の字は、和歌山の柑橘系の原点を示しているそうです。
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さらに道を進めると「土橋跡」に着きました。
加茂川にはこんな木製の橋が架けられています。
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しばらく歩くと「橘本神社」に到着です。
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こちらは所坂王子です。
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市坪川沿いに車道を歩くと「山路王子神社」に到着です。
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こちらは「一壺王子」です。
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「泣き相撲」が行われているようで、立派な土俵がありました。
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車道をどんどん上っていきます。
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両脇はミカン畑が広がっていて、こんな小屋もたくさんありました。
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アスファルトの道が終わり、山道になりました。
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ようやく「拝ノ峠」に到着です。
峠にはこんな碑がありました。
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展望も良く、下津湾が広がっています。
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今宵の報告はこの辺で!
続きは次回をお楽しみに!


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2011/05/06 23:39 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)

「熊野古道1-1」海南市

ゴールデンウィーク中ですが、連日読書に勤しんでいた二朗は、どこにも出かけていないことに気がついて、日頃の運動不足を解消しようと、前々から計画していた熊野古道のハイキングに出かけました。
スタートは「海南駅」です。
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駅を出て、南下し、線路を越えると「熊野古道」に出合います。
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ここには「熊一の鳥居」があったようです。
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すぐそばに「祓戸王子跡」があります。
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展望がいい場所だったようですが、今はうっそうとした森の中でした。
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熊野古道にはこんな提灯があちこちに見られます。
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この界隈はまだ街の中を歩きます。
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しばらく歩くと「藤白神社」に着きました。
熊野九十九王子中、もっとも格式の高い王子の一つです。
聖武天皇が玉津島行幸の時に皇子誕生を祈願したところ、公の王女が誕生したと伝えられていて、子授け・安産・長寿の神様として広く信仰を集めています。
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こんな水もあったようです。
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社殿に参拝し後、道を進めると、「有間皇子の墓と歌碑」が現れます。
万葉の歌人でも知られる19歳の皇子は、防犯の罪で捕らえられ、天皇が行幸中の紀の湯(白浜温泉)へ送られての帰途に、この地で殺されました。
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この辺りからミカン畑を抜ける急坂になります。
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道端には、1丁ごとの丁石と丁石地蔵が道案内を努めてくれます。
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アスファルトの道はこの辺りで終わり、山道が始まります。
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急に展望が開け、海南市街や黒江湾が一望できました。
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竹藪の道を進むと
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筆捨松にたどり着きました。
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同じ場所に大きな「硯石」が横たわっていました。
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そろそろ峠にさしかかります。
「石造宝篋印塔」が現れました。
色の違う石が積み上げられていますが、傾いているような気がします。
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さらに進むとやっと藤白峠に到着です。
ここには「地蔵峰寺」(藤白塔下王子)があります。
本堂には一石彫りの地蔵が祀られています。
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本堂の裏手には「御所ノ芝」が広がっていてビュースポットになっています。
マリーナシティや和歌浦が見えます。
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和歌山市内もよく見えます。
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まだまだ続きますが、今日の報告は藤白峠まで!
明日をご期待ください。


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2011/05/05 22:15 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)

「郵便ポスト」

大岳山登山の終着点である奥多摩駅に着くと、駅前には昔懐かしい郵便ポストが健在でした。
後ろのおばあちゃんもいい味出していると思いませんか?
ここも東京都です。



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2009/11/23 13:00 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)

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